医学部受験における女性差別問題

医学部入試の女性差別は「仕方なかった」のか?女性減点と制度的問題について

ことの問題は暗く陰鬱で闇が深い。
社会通念と公平と平等が複雑に絡み合い、不祥事として明るみになった。

 

医師不足問題は「女性差別」を行うことで解決に向かっているのか

 

はじめにーーー

 

2018年8月、東京医科大学医学部医学科の一般入学試験において、得点の不正操作が行われていたことが判明した。これは、女性受験生および多数回受験生(多浪生)の得点を一律減点し、合格者数に制限をかけていたというものである。

 

本稿では、このうち特に女性受験生の入試得点に対する減点操作を「女性差別」として捉え、この問題が何に根ざしていたか、また問題発覚から1年余りが過ぎた現在、どのような解決が図られているのかを検討する。

 

検討の切り口として、差し当たり4つのポイントを挙げたい。
すなわち、「医師養成機関としての大学医学部」「医師養成制度」「入試制度」「医師を取り巻く状況」である。

 

なぜなら、大学医学部とは単に医学という学問を修めるための場所ではなく、医師という職業との密接な結び付きがあるからだ。その結果、「趣味で医学を勉強したい」といった動機の持ち主は歓迎されず、また大学医学部の受験は就職活動に近い性質も帯びる。他の学部と比べて、特殊な位置づけにあるものといえよう。

 

医学部入試における女性差別問題が話題になってから、男性女性を問わず数々の医師から「(差別は良くないことだが)仕方なかった」「(女性受験生の一律減点も)理解はできる」との声が出てきた。

 

働く医師の現場の実態を踏まえるならば、医学部入試の女性差別は「仕方なかった」のか。仕方ないとはどういうことで、どうなるのが望ましいのか。今後の医療業界の展望にも触れつつ、見ていくことにしよう。

1.問題発覚の経緯と文科省の緊急調査

(1)「裏口入学」問題の調査過程での発覚

元々、東京医科大学の内部調査は、入試の女性差別問題を主眼としたものではなかった。私立大学支援事業の対象校を選ぶ際に便宜を図ってもらった見返りとして、文部科学省の前局長の息子を不正に入学させたという、いわゆる「裏口入学」を契機としたものである。

 

2018年8月には、調査結果として女性受験生に対する一律での減点(非加点)が明らかになり、公表された。それを受け、文部科学省では全国81の大学に対する「医学部医学科の入学者選抜における公正確保等に係る緊急調査」を行った。同緊急調査の結果は、中間まとめを経て2018年12月14日に最終まとめとして出されている。

 

参考:医学部医学科の入学者選抜における公正確保等に係る調査について(文部科学省)

(2)複数校での不適切入試

東京医科大学のみに限らず、同様の不適切な入試得点調整は昭和大学や福岡大学、順天堂大学、日本大学など複数校で発覚した。
なお、聖マリアンナ医科大学に関しては、人物重視の選抜である旨をオープンキャンパスや進学説明会などで示しており、入試要項でも「出願書類を総合の上」と明記しているため、不適切入試には該当しないとの見解を示している。

 

参考:「聖マリアンナ医科大学医学部の入学者選抜における公正確保等に係る緊急調査」への本学の見解について

 

上述の緊急調査における最終まとめでは、不正を認めた9校(東京医科大学・昭和大学・神戸大学・岩手医科大学・金沢医科大学・福岡大学・順天堂大学・北里大学・日本大学)を「不適切」、聖マリアンナ医科大学を「不適切な可能性が高い」と認定した。ただし、それ以外の十数校でも、入試に関し不適切さが疑われる事案があると示されている。

(3)「多浪」と年齢差別

これらの問題に先立ち、2005年には、55歳の女性が群馬大学医学部を受験したが、学力試験の得点が平均よりも上だったにもかかわらず不合格となったという事件があった。この女性は年齢差別を主張して2006年に提訴したが、前橋地方裁判所は大学側の主張を受け入れ、控訴を棄却している。

 

この訴訟において、大学側の主張は「(年齢差別ではなく)面接を含めた総合得点が合格点に達しなかった」というものだったが、女性による面接評価基準開示の求めには応じなかったため、本当に年齢差別が存在しなかったのかどうかは不明である。

 

今回の東京医科大学における不適切入試でも、実質的に女性と3浪以上の男性が不利になるような調整が行われている。
年齢差別は女性差別ほど大きくは騒がれなかったが、「属性に基づく差別」であり、「医師育成の必要性と絡む差別」と考えられる点において、問題の根は共通していると見られる。

 

要約まとめ

  • 元々は裏口入学の調査だった
  • 裏口入学の調査により女性への一律減点措置が発覚した
  • 文科省による緊急調査が入った
  • 9校が不正を認め、それ以外も不適切さが疑われる事案があった

2.差別の定義と医療人による様々な見解

合理的理由のない差別は日本国憲法の理念に沿わないものであり、決して許されることではない。他方、合理的な理由のある「区別」は許容される余地がある。たとえば、重い荷物は男性が持つとすることや、女性にのみ産前産後の休暇を付与すること、スポーツ競技を男女別にすることなどは、差別とはいえないだろう。

 

そこで、差別問題を取り扱う前提として、本当に差別だったのか、異なるものを異なって扱うという「区別」に過ぎないのではないか、という点が問題となる。

(1)「入学者選抜における公正性」とは

文部省令の大学設置基準では、大学入試を「公正かつ妥当な方法により、適切な体制を整えて行うもの」と定めている。そこで文部科学省は、医学部不適切入試問題の調査にあたり、不適切(公正性を欠く)と捉えられる事案の判断基準を示した。

 

上述の緊急調査最終まとめでは、中間まとめで示された不適切と判断すべき事案が引用されている。それは以下の通りである。

不適切と捉えられる事案の判断基準
  • 募集要項等であらかじめ説明していた試験方法や合否判定基準に反して、特定の受験者を合理的な理由なく合格・不合格とすること
  • あらかじめ説明せずに、特定の受験者を合理的な理由なく合格・不合格とすること
  • 募集要項等であらかじめ説明していた試験方法や合否判定基準に反して、合理的な理由なく性別、年齢、現役・浪人の別といった属性に応じ、一律の得点調整や取扱いの差異の設定などを行うこと
  • あらかじめ説明せずに、合理的な理由なく性別、年齢、現役・浪人の別といった属性に応じ、一律の得点調整や取扱いの差異の設定などを行うこと

つまり、事前の説明の有無を問わず、合理的な理由のない合否判定や得点調整などを行った場合に、不適切と判断されるのである。

 

また、緊急調査最終まとめでは、一般社団法人全国医学部長病院長会議(AJMC)の新設した大学医学部入学試験制度検討小委員会による「大学医学部入学試験制度に関する規範」(AJMC規範)も、一つの参考になるとしている。

 

AJMC規範では、公平性と医療人確保の二点に照らし、性別や年齢によって一律的に差異を設ける試験制度は不適切と示されている。

(2)合理的な理由の有無

では、東京医大の女性受験生に対する一律減点措置は、合理的な理由があるものだったのだろうか。

 

一律減点措置は、前理事長や前学長の指示によるものとされている。その理由について、前理事長はヒアリングに対し、女性は結婚・出産・育児に時間を取られ医師としての勤務に支障をきたすことが多いという点、年齢を重ねると女性は医師としての活動性が低下するという点を挙げている。

 

つまり、女性は男性ほど医師としての業務に掛かりきりになれないため、女性医師が増えると医療現場に負担が掛かるので、女性の医学部合格者≒女性医師を制限すべきという主張である。

 

ここには、差別における一つの側面が表出している。差別とは、自由で独立した個人を特定の属性で括ることだ。たとえば、イヌに噛まれたことのある人が、イヌ全体に対して苦手意識を持つことがある。しかし、世の中には噛むイヌもいれば噛まないイヌもいるわけで、「イヌである」という一点を以って遠ざけるのは適切とはいえない。

 

これと同様に、結婚・出産・育児に時間を取られる女性医師や加齢によってアクティビティの下がる女性医師がいたからといって、それを「女性」という属性の問題に帰結させるのは不適切なのである。
少なくとも、一律での減点措置を行う前に見直すべき部分は多くあったと考えられるため、合理的理由のある「区別」とはいい難い。

(3)現場の医療人らによる見解

このように、女性性に基づく一律減点は合理的理由が認められず、差別に当たる。実際、理屈や定義を抜きにしても、東京医大をはじめとする各大学の取り扱いを不当と考える方がほとんどではないか。

 

ところが、医療現場で働く人びとの間から上がったのは、必ずしも今回の入試における女性差別を完全に否定する声だけに限らなかった。

 

たとえば、タレント女医として活躍する西川史子氏は、ワイドショーで「(成績順に)上からとっていったら女性ばっかりになっちゃう」「(女性医師ばかりになると)眼科医、皮膚科医だらけになっちゃう」「(女性の)外科医は少ない。やっぱり外科医になってくれるような男手が必要」と述べ、医師の男女比について考えるべき旨の見解を示した。

 

また、女性医師のワークライフの充実を応援するメディアである「Joy.net」では、女医を対象とした東京医大入試での女子一律減点についてのアンケートを行った。それによれば、一律減点措置を「理解できる」が18.4%、「ある程度は理解できる」が46.6%という結果となっており、合わせれば65%が東京医大の措置に理解を示している。

 

参考:緊急速報:東京医大入試での女子一律減点、医師たちはこう考える。

 

あるいは男性医師の立場からも、高須賀氏は、「入試は公平であるべきというのは当然の話だ」と断りつつ、「現場が男を欲しがる気持ちは痛いほどよくわかる」と述べている。

 

参考:現役の医者が語る「医療の現場が男性医師を渇望する理由」

 

さらに、匿名での投稿であるため信用性に一定の留保は必要だが、「はてな匿名ダイアリー」には医師や医学生の見解も綴られている。

 

参考:東京医大の女子減点問題について、いち小児科医が思うこと
参考:女医の問題を臨床から離れた女医が考えてみる
参考:医学部女子差別を医学生が考える

 

いずれも、ただ一律減点措置が悪いというより、医療現場の実情を踏まえて女性医師が増えるとどうなるのか、女医としてのキャリア形成をどうすべきなのかといった点に視線が向けられている。共通するのは、医師養成制度と臨床の現場、そして個人の働き方の兼ね合いに対する問題意識である。

 

要約まとめ

  • 公正性を欠く入試の方法とは、合理的な理由のない合否判定や得点調整などを行うこと
  • 東京医大の入試における一律減点措置は、合理的な理由があるとはいえず差別に当たる
  • ただ、現場の医療人の中には医大の措置について一定の理解を示す者もいる

そこで次に、医師の選抜という観点から医学部の入試制度について概観しておこう。

3.大学医学部・医大の入試制度

上述したように医学部は医師という職業との結び付きが強く、入試は就職活動に近い。日本で医師になるには医師国家試験を通る必要があり、その国家試験の受験資格に「大学において、医学の正規の課程を修めて卒業した者」(医師法第11条第1号)と定められているためである。医師になるには事実上、大学医学部もしくは医大を経る必要があるということだ。

 

では、そうした状況を踏まえて大学医学部や医大ではどのような入試制度を採っているのだろうか。

(1)様々な入試システム

全国で医学科の設置されている大学は82校あり、そのうち国公立が50校、準大学(防衛医科大学)が1校、私立が31校という内訳となっている。
国公立の場合は共通の一次試験となるセンター試験があり、私立でも大学によっては利用することが可能である。国公立の二次試験は、時期によって前期日程(2月下旬)と後期日程(3月中旬)とに分かれる。

 

私立の場合、一次試験および二次試験が1月から3月にかけて行われる。特定の試験日を指定される大学もあれば、いずれかの試験日を選択できる大学もある。

 

入試には一般入試・推薦入試・AO入試・地域枠入試があるほか、編入学試験を実施している大学もある。
入試内容は、国立であればセンター試験および個別学科試験、私立であれば学科試験に加えて小論文や面接などを行うのが一般的である。

(2)東京医大の入試と一律減点措置

東京医科大学の場合、一般入試(一般・センター利用)と推薦入試(含地域枠入試)がある。一般入試では、一次試験が学科試験、二次試験が小論文・面接・適性検査からなる。

 

2018年8月の入試点数操作では、一次のマークシート方式試験で女性受験者の点数を一律減点し、さらに二次試験の小論文(100点満点)でも全受験生の得点に0.8を乗じた上で、現役から2浪までの男性受験生に20点、3浪男性は10点を加点し女性と4浪以上の男性には加点しないという方法を採っていたという。

 

つまり、女性受験者は一次試験・二次試験の双方において不利に取り扱われていたということになる。

(3)医学部入試の問題とは

東京医大に関しては、群馬大学医学部のケースとは異なり、面接ではなく学科試験や小論文で一律減点という手法を採ったため、差別が可視化された。
実際、医学部予備校などでは女性や多浪生に対する点数操作が半ば公然の事実として了解されており、それを前提に指導が行われていたというが、学科試験の時点でフェアネスが損なわれているというのは驚きだったようである。

 

参考:医学部専門予備校運営のプロが絶望した、この国の「入試差別」の実態

 

また、医学部入試は医師の選抜に近いため、採用試験と同様の性質を帯びる。特に学閥や医局といった点から、系列病院への就職や派遣とも絡むため、医学部側が受験生の人物や行動指針を把握しておく必要性は高い。そこで、面接が重要となる。
女性受験生によれば、「親が医者かどうか」「結婚をしても医師を続けるか」「妊娠・出産をしたら仕事はどうするか」などの質問は面接の定番という。

 

現代社会では、企業などが面接時に親の職業や家庭環境を聞いたり、結婚や出産を控えるように求めたりするのはハラスメントに当たるとして、許されない風潮となりつつある。

 

しかし、大学の医学部入試の面接は大学自治とも関連するためにクローズドな場であり、未だこうした質問が横行しているようである。

 

とはいえ、医学部側としても単なる嫌がらせとして減点措置や面接での質問をしているわけではない。そこには、医療現場での医師確保という切実な問題がある。

 

要約まとめ

  • 医学部や医大の入試には、学科試験、小論文、面接などがある
  • 東京医大では一次・二次試験の双方において女性受験者が不利に取り扱われていた
  • 医学部や医大の入試は医師採用試験に近く、面接で踏み込んだ事情が問われることも多い

4. 医師養成制度と大学医学部

大学医学部や医大は、学問研究機関というだけではなく、医師養成機関でもある。そのため、医師養成制度に変革があれば影響を強く受けることとなるのだ。
医師の過労や無給医、医師不足などの問題と、医学部入試における女性差別が関連しているのだとすれば、そこにはどういう背景があるのだろうか。

(1)女性差別と医師不足

不当な差別がいけないのは自明である。ところが、元に女性受験生に対する一律減点措置は行われ、それに理解を示す女医や男性医師も少なくない。
それは、後述するような医療現場の過酷さに加え、医師不足という現状があるためと考えられる。人手が足りないから、妊娠や出産、生理による体調不良などの事情が生じる可能性の高い女性を採りたがらないのである。

 

ところが、医師国家試験の合格者数はずっと8千人前後で推移しており、2017年、2018年には9千人を越え、微増傾向にある。毎年医学部の卒業生も国家試験の合格者も輩出されるのに、どうして医師不足が叫ばれるのか。

 

厚生労働省の公開する医師需給分科会の参考資料によれば、日本の医師数は2014年時点で約32万人であり、微増傾向にあるが、人口1000人当たりの臨床医数はOECD加盟国の平均よりも下である。つまり、諸外国と比べると人口当たりの医師の絶対数は少ないといえる。

 

参考:医師の需給に関する基礎資料(厚生労働省)

 

ただ、医師不足の要因はそれだけにとどまらない。国民皆保険制度によって医療費がカバーされるため、受診への金銭的ハードルが低く、患者が多いという理由もある。

 

さらに問題なのが、診療科偏在と地域偏在である。医師不足は主にこの点に関して言われることが多い。診療科偏在とは、内科や外科、救急などの過酷な診療科ではなく、眼科や皮膚科といった比較的楽と思われる診療科の希望者が増え、専門医のバランスが崩れているという問題である。また地域偏在とは、医師が最新の研究についての情報取得や利便性に難のある地方の病院に行きたがらず、都会の病院にばかり集中してしまうという問題である。

 

女性医師の敬遠、ひいては医学部入試における女性差別とも間接的に繋がる医師不足。これをもたらした原因の一つとして、フリーランス麻酔科女医の筒井冨美氏は、「新研修医制度」と「新専門医制度」を挙げる。

(2)新研修医制度と新専門医制度

まずは新研修医制度について確認しておこう。
医者として臨床に関わる場合、医師試験に受かった後に厚生労働省の定める2年以上の臨床研究を行うことが義務付けられている。従来の研修医制度では、研修医の4割程度が、出身大学(医局)関連において単一診療科でのストレート方式による研修を受けていた。

 

しかし、この研修医制度にはいくつかの批判があった。たとえば、地域医療との接点が少なく研修が専門の診療科に偏る、研修医の多くが生活苦で研修に専念できない状況に置かれる、出身大学やその関連病院での研修が中心で研修内容や研修成果の評価が十分に行われない、といったものである。
それを受けて2004年4月から、新人医師が特定の医局に属さず、各診療科を数ヵ月ごとにローテーションするという新研修医制度が始まったのである。

 

この新研修医制度により、医局と新人医師との間に形成されていた結び付きが消滅し、医局は人事に関する発言権や影響力を相当程度失った。
弊害もあったにせよ、医局は夜間救急診療担当や地方に派遣される医師の選定などで大きな役割を果たしていた。その医局の権力失墜により、勤務時間帯や勤務地に関する医師の配置バランスが崩れてしまったのである。これによって診療科偏在や地域偏在が生じやすくなった。

 

次に新専門医制度とは何か。
従来、日本では専門医制度が乱立しており、患者から見てわかりにくいという問題があった。そこで2018年から始まった新専門医制度では、19の基本領域が制定され、2年間の研修を終えた新人医師はそのいずれかを選択するものとされたのである。その後3~6年かけて基本領域専門医としての資格を取得し、29のサブスペシャリティ領域を目指すという2階建て構想であった。

 

ところが、基本領域の複数選択は原則認められないとしたため、多忙科などのいわゆる不人気科が敬遠された上に、僻地での研修が義務付けられた総合診療科への希望者がゼロとなる県も出てくるなどの問題が噴出した。
プロフェッショナルの専門医を目指し、さらには地域医療への配慮も目論まれた新専門医制度だが、蓋を開けてみると、むしろ指導医の数の確保や地域ごとの専門医数の制限などにより医師の雇用流動化を妨げ、地域医療の崩壊を招くのではないかという批判の声も上がっている。

 

いずれの制度も医師斡旋機関としての医局の弱体化や、新人医師の研修現場への混乱・遅延をもたらし、医師の偏在やそれに伴う医師不足を招いている。筒井氏は、新研修医制度の発足から間もなくして東京医大の女性受験者への一律減点措置も開始されたことを指摘し、両者の関連性を示唆している。

(3)医師養成のコスト

大学医学部や医大は医師養成機関でもあるため、多額の税金が投入されている。日本医師会、日本医学会、全国医学部長病院長会議が連盟で2015年に出した声明文の中では、医学部6年間で医師の養成に必要な経費は一人当たり約1億円に上る旨の言説がある。

 

参考:声明「国家戦略特区による医学部新設」に反対します

 

もちろん、これは単純計算で教育費に1億円かかるというのではなく、医師として学ぶのに費やされる人件費や設備費まで含めての話である。医師一人に1億円の税金が注ぎ込まれているわけではない。

 

そうはいっても、医師の育成には決して少なくない額のコストがかかっていると考えられる。結婚や出産を機に退職されてしまうと、金銭や時間などのコストが無駄になってしまうという懸念が、他の学部よりも強く働くのが医学部の特質といえるかも知れない。

 

要約まとめ

  • 入試での女性差別の一因として、医師不足の問題がある
  • 医師不足の主な理由は、医師の少なさ、患者の多さ、診療科偏在、地域偏在である
  • 医師不足の原因として、新研修医制度と新専門医制度が考えられる
  • 新研修医制度とは、新人医師が特定の医局に属さず各診療科を数ヵ月ごとに移る制度
  • 新専門医制度とは、新人医師が基本領域、サブスペシャリティ領域を順に習得する制度
  • 両制度は医局の弱体化や医師研修現場への混乱・遅延をもたらし、医師の偏在や医師不足を招いている

5.医師の働く現場の環境

医療現場での仕事は過酷であり、女性には不向きである、といわれることがある。実際、診療科偏在や地域偏在によって人手が足りず、多忙を極める現場もあるという。
しかし、医療現場が過酷な状況下に置かれ得るという事実と、女性は医師に不向きである(≒医学部への女性入学者を減らすべきである)という結論とは、論理必然的に結び付くものではない。

 

たとえば、頻繁に重い荷物を持ち運びするような肉体労働などについては、女性に向かないという理屈も一応通るだろう。だが、医師という仕事の過酷さは肉体面に限らない。
そこで、現場環境や仕事の大変さも検討する必要がある。

(1)労働時間の長さと不規則さ

臨床医は患者と向き合う仕事である。人はいつ大怪我をするかわからず、またいつ病状が悪化するかもわからない。出産も時間を選べない。たまたま医師が休んでいたから容態が悪化し、亡くなったなどということがあっては困る。それゆえ、外科や内科において、医師をはじめとする医療関係者は24時間体制で患者の出現に備えることとなる。文字通り人命が懸かっているため、責任の重さが半端ではないのだ。

 

無論、現実に個人が24時間体制でいるのは不可能であり、交代制で臨むこととなる。それが当直である。日本の医療法制では、入院設備を有する病院の管理者に対し、原則として医師を宿直させるべき義務を課している(医療法第16条)。

 

こうした事情から、医師の労働は長時間化しがちである。厚生労働省の「医師の働き方改革の推進に関する検討会」では、医師の時間外労働について、原則は労働基準法における法定労働時間(月45時間・年360時間)とするものの、「臨時的な必要がある場合」には年960時間としている。

 

ところが、地域医療の提供体制を整えるための特例水準として、「臨時的な必要がある場合」の延長可能時間外労働上限を年1860時間とする旨の意見もある。しかもこれは、現状で年間3000時間近い時間外労働をしている医師もいることを踏まえての試算だというのである。いかに医師の労働が長時間化しているか見て取れよう。

 

参考:医師の働き方改革に関する検討会報告書(厚生労働省)

 

実際、東京医大の入試における女性差別問題が明るみに出る前の時点で、匿名ではあるが、女性医師による体験談や男性医師側からの不満なども投稿されている。
そうしてみると、入試での女性差別取り扱いのような事件は、医療現場の歪みとしていずれ現れていたのではないか。

 

参考:私が医療崩壊のトリガーになる未来
参考:女医さんがやってきた

(2)体力勝負の手術やサポート

ただ長いだけではなく、体力が求められる業務もある。外科では手術も行われるが、大学病院で実施されるような高度な外科手術では、10時間以上に及ぶことも少なくない。そうなると、高齢者や女性よりも壮健な若い男性医師のほうが向いていると考えていいだろう。

 

また、医師の仕事としては副次的なものとなるが、患者を支えたり移動させたりといったサポート業務も体力が求められる。
急患や手術などに対応できる体力も、医師には必要とされるのである。

(3)診療科ごとの違い

外科や内科、産科などが激務であるのに対し、眼科や皮膚科、精神科などは緊急性の高い疾患が比較的少なく、人気の診療科となっている。2018年4月からの新専門医制度においても、専攻医の選択数に顕著な格差が生じている。

 

厚生労働省の「女性医師キャリア支援モデル普及推進事業に関する評価会議」における資料では、皮膚科、産婦人科、麻酔科、病理、リハビリ、形成外科、眼科、小児科は男性に比べ、女性のほうが有意に希望する割合が高いとされている。したがって、「(女性医師ばかりになると)眼科医、皮膚科医だらけになっちゃう」という西川史子氏の主張も、決して的はずれなものとはいえない。

 

参考:平成29年度女性医師キャリア支援モデル普及推進事業に関する評価会議 資料
女性医師キャリア支援モデル普及推進事業の成果と今後の取組について(厚生労働省)

(4)女性医師のキャリアプランニング

ただ、女性医師が激務の診療科や地方行きを避ける傾向にあるとしても、それは必ずしも女性が楽をしたがっていることを意味しない。また、そうした傾向をもって医学部入試で差別することが正当化されるわけでもない。

 

女性には男性と異なり、妊娠・出産があり得る。いくら何かを選ぶことが別の何かを犠牲にすることだとしても、医師という職業を選べば必然的に子供を諦めなければならないとするのは行き過ぎであろう。そして、妊娠するにも適齢期があり、何歳までも先延ばしにすることはできない。自然、自らのキャリアを考える上でもそうした事情を念頭に置かねばならないのだ。

 

そうすると、妊娠・出産やその後の育児といった都合もあるため、なるべく身体的負担の少ない診療科を選び、激務で子供の教育の選択肢も限られてくる地方へ行くのを避けるのも無理のないことといえる。

 

しかしながら、そうした女性医師の時短勤務を支えるのは、男性医師と独身女医になる。年金の世代間扶助と同様に、「支えられる側」よりも「支える側」のほうが多くなければフォローは成立しない。
すなわち、あくまで現状の医療現場を前提とするのであれば、成績順に医学部へ入学させて女性医師を増やし、男性医師と独身女医に犠牲を強いるか、それとも定員の中で男性受験者を優遇し、現場のマンパワーを確保するかという二択とならざるを得ないのである。

 

要約まとめ

  • 医師は長時間かつ不規則な労働環境に置かれることも多く、長時間の手術やサポートにも体力を要する
  • 女性医師には妊娠・出産があり得るため、ある程度負担を避けざるを得ない面がある
  • 過酷な医療現場と女性医師が敬遠される傾向には関連性がある

もちろん、こうした二択自体が問題だとの批判はあり、これについては後述する。

6. 医学部入試女性差別問題の現状と解決

ここまで医学部の入試制度や医師養成制度、医療現場について述べてきた。ここで改めて、問題発覚から1年余りが過ぎた現在、医学部入試女性差別問題につきどのような対応がなされてきたのかを整理しておこう。

(1)東京医大のケース

東京医科大学では、2018年11月7日の記者会見において、2017年、2018年の医学部入試で得点操作を理由とする不合格判定を受けた女性受験生および多浪生ら計101名を追加合格の対象とする発表を行った。
この101名には入学の意向を確認し、うち49名が入学を希望したが、5名の女性が定員を理由とする再不合格にされたため、44名が追加合格者となった。この追加合格者には2019年4月の入学を認める救済措置が取られる。
ただし、報道によるとそのうち約20名が辞退したとされている。

 

2018年12月21日には、問題発覚前から就任していた理事11人が引責辞任した。
また、2018年~19年にかけて、第三者委員会が不正に不合格となった可能性のある受験生の人数や試験問題の漏洩、裏口入学や特定の受験生の優遇に関する疑いについての指摘を行っている。

 

2019年3月26日には、大学認証評価機関である大学基準協会が、「公正かつ適切な学生の受け入れが実施されているとはいえない」として、東京医科大学が協会の基準に「不適合」であるとの変更を行った旨の発表をした。
なお、2019年度の一般入試では、男子16.9%、女子16.7%と合格率がほぼ等しくなった。

(2)その他の大学の対応

東京医大以外に不適切とされた8校、および不適切な可能性が高いとされた聖マリアンナ医科大学では、それぞれ追加合格とする、第三者委員会を設置するなどの対応を行っている。

 

ただ、福岡大学では公正な再判定が不可能として、追加合格者の受け入れを否定した。また、同大学では2017年度、2018年度入試の受験生の一部約800人に対し、1人当たり10万円を慰謝料などの名目として支払う旨の発表も行った。

(3)国(文部科学省)の対応

大学における学生の定員(収容定員)は大学設置基準にて明示すべきものと決まっており(第18条第1項)、勝手に変えることはできない。これは教育の質の確保や補助金の交付などとの兼ね合いがあるためである。
したがって追加合格者を出した場合、本来は2019年の募集人数を削る必要がある。

 

ところが、これは2019年度の受験生にとって自ら責任のない事情により不利となることに繋がる。そこで2018年12月15日、文部科学大臣は2019年度の医学部の入学定員を臨時で超過することを特例的に認めるものと発表した。
2019年度入試における定員超過分は、2020年~2024年度の最長5年かけて募集減を分散させ、2019年度の受験生だけが不利益を被らないようにも配慮される。

(4)その他の動き

文部科学省では「大学入学者選抜の公正確保等に関する有識者会議」を設置し、2019年2月5日から複数回にわたり会議が開催されている。

 

また、全国医学部長病院長会議は2018年11月16日に「大学医学部入学試験制度に関する規範」を公表するなど、医学部入試の公平性を保つために検討を続ける姿勢を示した。
さらに、女性差別に関しては「医学部入試における女性差別対策弁護団」が立ち上げられ、東京医科大学や順天堂大学医学部に対する損害賠償請求訴訟を提起するなど、受験生の被害者の救済と再発防止を目指した活動が行われている。

 

参考:医学部入試における女性差別対策弁護団

 

以上のように、各大学と国、団体がそれぞれ入試における女性差別問題の解決に向けて取り組んでおり、今後の動向にも注目したい。

 

要約まとめ

  • 東京医大をはじめとする各大学は、追加合格や第三者委員会の設置、慰謝料の支払いといった対応を行った
  • 国は医学部の定員超過を臨時的に認め、今後の受験生が不利にならないよう配慮した
  • その他、有識者会議や全国医学部長病院長会議の開催、入試差別問題に対する弁護団の立ち上げなどが行われている

7. 問題の解決策

医学部の入試において、女性や多浪生が不利に取り扱われているという事実は、今回の問題発覚以前から関係者の間では周知のことだったという。医学部受験予備校では、それを前提とした受験指導が行われていたというのだから、問題の根深さが見て取れよう。

 

実のところ、医学部入試での女性・年齢差別は、場当たり的な対症療法では根本的な解決に至らない。なぜなら、医師不足をはじめとする医療制度や医師養成制度の問題が解決されない限り、現場の疲弊やしわ寄せはなくならないからだ。
では、根本的な解決方法はないものだろうか。

(1)医師数の増加策

真っ先に考えつくのは、医師数の増加であろう。上述したように、日本の医師数はOECD諸国の中でも下であり、医師の絶対数を増やすのは重要である。

 

ただし、いくつか難点もある。まず、医師不足の理由が医師養成制度の混乱や希望診療科の偏り、地域偏在などにもある以上、単に数を増やしただけでは都会に眼科医や皮膚科医が溢れるだけに終わる可能性があるという点が挙げられる。

 

次に、医師を増やしたとして、それを賄う医療費はどのように確保するのかという点が問題となる。健康保険料が際限なく上がっても構わないならいいが、なかなかそうはいかないだろう。さらに、教育人員の限界という点も見逃せない。医師は専門職であって促成栽培ができるものではなく、医学生や新人医師を教え導くのもまた現場の医師なのである。
そうすると、医師を増やして簡単に解決というわけにはいかないようだ。

(2)医療の現場環境の変革策

そもそも女性男性関係なく、激務となる医療現場そのものに問題がある。皆が忙しいからゆとりが失われ、女性医師や女性受験生が半ば「八つ当たり」的に割を食うのではないか。女性にとってきつい職場でも男性なら大丈夫、というわけではない。

 

このように考えるなら、現場環境を変えるべきだとなろう。入試における女性差別問題に対しても、女性医師の数を抑える前に労働環境を改善すべきとの主張は少なくなかった。
しかし、医師の労働状況を変えるのは一朝一夕にはいかない。問題は、現に眼前で苦しんでいる患者たちを放置して休めるのかというところにある。それができないから長時間労働に甘んじている医師も多いのではないか。

 

環境の改善ができるならそのほうが望ましいが、現状の環境ができあがってしまった原因から紐解く必要がありそうである。

(3)無駄の削減と流動化

こうしてみると、医療現場は男性医師か独身女医が身を挺することで支えられているが、これを全ての女性医師の負担を平等に強化する方向で考えるか、あるいは時短勤務や妊娠・出産をする女性医師が増加しても大丈夫なように労働環境を変える方向で考えるか、いずれかを選ばなければならないようである。もちろん、緩やかに医師の数を増やしていくのも大事だろう。

 

ただ、環境の改善を目指すなら、たとえば書類作成業務をアウトソーシングするなど、医療の分業を進めるとか、看護師の権限を見直すとか、そうした手段は残されているはずだ。
また、国の省庁が主導で規制を強めるより、雇用や専門移動の流動化を図ったほうが、結局は学べることも多くなるのではないか。

 

さらに、女性の妊娠や出産は自然の摂理ともいえるので問題と捉えることなく、むしろ女性医師の復帰支援を積極的に検討すべきである。たとえば医師に限らず保育所の充実は重要だし、休職中の停滞をカバーするための学習・研究支援も行う価値はあろう。女性の休職を穴埋めするフリーランス医師との提携システムを構築する道も考えられる。

 

それらとは別に、家庭内で男性側が主体的に育児へ取り組む感覚の醸成も求められよう。
即日医師不足が解消される万能の方策ではないにせよ、女性の登用を不正操作で抑制し、現状を追認するよりは遥かに未来への展望が開けるのではないだろうか。

 

要約まとめ

  • 医師の増加という解決策には、地域や診療科の偏り、医療費の財源確保、教育人員の確保などの課題もある
  • 医療現場の労働環境改善も重要だが、どうしてそのような労働環境となったかの再検討が必要
  • その他、一部業務のアウトソーシング、医療の分業、看護師の権限見直しなどの方法も考えられる
  • 雇用の流動化や女性医師の復帰支援も検討の余地がある

まとめ

医学部入試での女性差別は、医療現場の労働環境や国の医師養成制度とも関連し、根深い問題があることを浮き彫りにした。医師の地域偏在は女性医師の数を抑えたから解決するものではなく、新研修医制度や新専門医制度にも実態にそぐわない部分は少なくない。

 

現状の医療現場が急激に改善されることは期待できない以上、「個人としての在り方」と「医師としての在り方」のバランスをどのように考えるかが重要となる。

 

最後に、女性差別は「仕方ない」ことではない。不当な取り扱いを無理に正当化し、諦める必要もない。もし仕方ないと思わせるような何かがあるとすれば、それこそが打ち倒すべき問題である。

 

ただ、医師を増やすなら医療費の問題が立ち現れ、医師を減らすなら救急や僻地医療が犠牲とならざるを得ない。何を取り何を捨てるのか、その選択を考える必要があるだろう。

 

ことの問題は暗く陰鬱で闇が深い。
社会通念と公平と平等が複雑に絡み合い、不祥事として明るみになった。

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